反東京としての地方建築を歩く10 「宮崎県の消えた建築と新しい建築」

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出典: WirelessWire News

2020年3月、宮崎県を訪れた。菊竹清訓が設計した「都城市民会館」(1966年)の保存問題が、最初に起きたとき以来になるなので、10年以上ぶりである。あまり知られていない建築かもしれないので説明しておこう。
都城市民会館は、モダニズムの記録と保存に取り組むDOCOMOMO Japanが、重要な建築として選定したものである。明治以降、西洋の動向を模倣していた日本の建築が、初めて世界を追い抜いた時代の貴重な傑作である。鉄筋コンクリート造の構造の上に、放鉄骨の梁が放射状に広がるホールを乗せたダイナミックなデザインは、半世紀に及ぶ菊竹の活動の軌跡においても、最も先鋭的な造形を展開したものだ。
▼都城市民会館
世界的な視野で見るならば、同じく高度経済成長期に誕生した「東京タワー」(1958年)よりも、重要な作品である。東京タワーは、映画『三丁目の夕日』で効果的に使われたように、戦後の日本

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