辺境の建築史02「プラハ、1740、1942(後篇)」

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出典: WirelessWire News

この聖カルロ・ボッロメーオ教会[1]は、プラハの中心を流れるヴルタヴァ川に近い通りに建っている。⼆度⽬に私が訪れたときは、⼀度⽬のときとは違い、⼈々がひっきりなしに教会にやってきた[2]。しかし、教会の地上部を⾒上げる姿はあまりなかった。最近事件が映画化されたこともあったからか、ほとんどの⼈は地下納⾻堂を⽬当てに訪れているようだった。
[1]プラハの聖カルロ・ボッロメーオ教会 (設計:キリアン・イグナツ・ディーンツェンホーファー(1689-1751))。この地下に、 事件の舞台となった納骨堂がある。 この写真は初めて行ったときに撮影したもので、そのときは、ほとんど人気がなかった。 [2]2017年9月に撮影した聖カルロ・ボッロメーオ教会(なお、この教会の名称は、現在は聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂というら しい)。多くの来訪者の姿が見える。
ここで、建築を専

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